沈黙の国

「危険な死」という歌を、町の楽師たちが流行らせた。
すると、娘や丈夫が次々と死んでいった。多感な子供から世を倦んだ壮年まで、あらゆる年頃のものが、歌をまねた死を選んだ。

やがて宮廷詩人がそれを題にして「危険な死による死」という歌を作り、さかんに奏で吟じた。
かくて城内でも貴婦人の死が相次ぎ、ついに歌は聖王の耳に届いて、玉体を御座所から立ち上がらせた。

聖王の騎士たちは城下へおもむき、酒場という酒場の戸を叩いて、楽師たちにおふれを告げ知らせた。

「これよりは、危険な死と、死にかかわるすべてを、歌うことあいならぬ。従わぬものの舌は剣によって切り取られるであろう」

楽師たちは、恐れ、わなないた。
やがて、音曲の冴えはともかく、最も賢いと評判の長老が進み出て答えた。

「騎士様。お聞き下さい。我らの曲に耳を傾けるのは、日暮れて場末に集う貧しき者ども。家々に戻りてあと、耳にし覚えた歌を口にしたとて、なんで宮殿まで届きましょう。我らを罰するなら、等しく宮廷詩人をも罰されませ」

騎士たちはもっともと思い、ひとまず聖王のもとへ戻ってことの次第を報告した。

聖王は頷き、かく述べた。

「町の楽師たちの申すこと、なるほど、道理である。朕思うに、そもそも悪しきは死の歌を歌うことにあり、その身分にはない。これより我が国では、死を誘う歌の一切を禁じる。死という言葉を含む歌、死を思わせる歌は、耳にしたものはこれをただちに報告し、歌ったものは罰されねばならない」

かくて、この国からは多くの歌が消え去った。
なんとなれば、愛も戦も、探求の旅も、美しい死、悲惨な死を含む歌はあまりに多かった。

楽師たちは職を失い、路頭に迷いながら、果たして長老があのときあのように抗弁したのは正しかったのかと、絶えず省みるのだった。

ある日、路傍にうずくまる元楽師のもとに、峻厳な僧侶がやってきて、勝ち誇って告げた。

「汝ら、金のために悪しき歌を口にし、人々を堕落に引き込みし愚者どもよ。今こそ罪業に対する裁きがくだったとしれ。なんとなれば、教典にかくあるのは”おお、死よ。そをあがめるものは邪悪にして…”」

たまたま、そばをとおりかかった、騎士がこれを耳にするや、すばやく剣の鞘を払って僧侶の舌を切り落とした。僧侶は金のために歌ったわけではなかったが、しかし死を歌ってしまったのだ。

元楽師は、涙を浮かべたが、声は出なかった。彼の舌も、もうずいぶん前に切り落とされていたからだ。